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映画「ひめゆり」と沖縄慰霊の日

昨日、深谷シネマにて。


まず、

クローバー北本で活動をされている方々のエイサー
(偶然、映画を観に来ていて、演奏することになったそうです。)

クローバー沖縄出身、深谷在住の高校生と中学生の2人姉妹、
「ゆん*ティー」の三線演奏

さくらんぼ安里屋ユンタ
さくらんぼ平和の琉歌
さくらんぼサトウキビ畑
さくらんぼ月桃

が行われました。

「月桃」の唄は初めて聴きました。



その後、映画「ひめゆり」の上映が始まりました。



1945年 第二次世界大戦末期、沖縄では地上戦が展開されました。

映画『ひめゆり』は、
当時「ひめゆり学徒隊」だったおばあが体験談を語る、
ドキュメンタリー映画映画です。


カチンコここで書くことは「映画」での一部のお話です。
是非、映画『ひめゆり』をご自分の目で観てくださいね。





「ひめゆり学徒隊」は、戦場に動員され、負傷兵たちの看護にあたりました。
沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒で、構成されていました。


赤十字の旗が立つ安全な場所で看護活動を行うのであろうと思い、
赴いた先は・・・銃弾の飛び交う激戦地。


壕を掘る作業に始まり、
負傷兵の看護や水汲み、食事の用意、
切断手術の手伝い、死体の埋葬など、休むことなく。


砲撃に遭い、つい先ほどまでそばにいた友人を失い、
横になる場所もなく、立ったまま仮眠を取り、
ただただ夢中で・・・



戦況が悪化した6月18日の夜、突然「解散命令」が出されます。


「早まったことはするなよ」と先生に言われながら、
米軍包囲の激戦地に放り出されます。

ある者は、死の決断を迫られ、手榴弾で自決。

ある者は、
「もう一度お母さんに会いたい」という友人の叫びにより、
手榴弾のピンを抜くことを思いとどまります。


15歳から19歳の女学生222名が動員されましたが、この解散命令後、
多数の犠牲者が出ました。




・米軍に追い詰められた時は、「手榴弾をお腹へ抱え、自決しろ」

・「殺してください」

・「生き残ってしまってごめんなさい」

・「助けて」と叫んだのは、生きたかったから。

・「ミルク缶に何かを混入している姿をみた・・・」

・「今、緑が生い茂っているこの場所には、
一体どれだけの人達の血が染み込んでいるのだろう」

・「いつの日かあの世に行く時には、
平和な時代を味わえなかったお友達に、いっぱいお土産を持って行きたい」


時に涙を浮かべながら語るお話は、衝撃的なものばかりでした。



沖縄戦は、1945年3月26日~行われました。


6月23日
第32軍司令官(牛島満)をはじめとする司令部が自決した日をもって
組織的戦闘が終結した日とされ沖縄戦の終わった日とされています。

しかし、司令部が自決してもそれを知らなかった兵士や県民達は
抵抗を続けたため、司令部自決の日以降も悲惨な戦闘は続いたそうです。

終結したのは、9月7日だったと言われています。

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